LAMPINTERREN.COM

LAMP IN TERREN

BLOG

2015.05.28

ゼロ。 / 松本大

こんばんは。澱みなく言葉が頭を駆け巡っていて、これは言葉にしておくと後でなんらかの為になるかもしれないな、とかなんとか思い、しかしノートもない事に気付き、でもメモに残しておくのは違うな、と歌詞にもできない文字も書けないのでこのブログを使わせていただく事にする。買いに行けよ、ノートぐらい。

しかしながら駆け巡っていたのは20分ほど過去であって、もしかしたら嵐は通り過ぎつつあるかもしれない。逆にもっと暴走するかもしれない。フィーバータイムが終わっていたら短くなると思います。長くなっても添削します。「気がする」だけの話なので、あまり意味はないかもしれない。

「増えたら減る」気がする、という事について。基本的に便利が増えると、その便利に呑まれつつ、それでいいのかと交互に繰り返すのが僕のスタイルになります。便利というのは知恵を殺す気がするからどうしても斜に構えてしまいがちになる。便利のために知恵は沢山使われるけど、完成された便利をただ使っているだけの自分にとって、その時点で何かを失っている気がする。便利品を使うと自ら考える事が減る。これは結局ゼロだと思う。手に入れると何か失う。言葉にした時点で言葉にしなかった想いが消える。たまたま言葉に選べたものが自分が本当に届けたかった想いと違ったら、とか。

逆も然り。何か失うと、「失った」という過去を手にする。結局ゼロだと思う。これは「メイ」という曲の歌詞を書いている時にも考えてた。何も失っていないと書きました。自分の証について書いた歌詞であって、そこにたまたま登場した証明の手段みたいな物ですけど。それはとりあえず置いといて。ここでいうゼロというのは無じゃなくて均衡の意です。プラスマイナスゼロのゼロ。

世界全てに対してそう思う。人が増えれば場所が減る。ビルを建てれば自然が減る。時間が増えれば命は減る。ビルとか家とか建てるにしても、全部この地球の上で起きてる。資源はこの星の物を使ってる。そりゃあ自然は減る。鉄を精製すればそれ以外はゴミになる。生地を模るとそこに収まらなかったものは大抵三角コーナーにいく。人が増えれば食料は減る。ここにあるもの使ってるんだから、そこにあったもんは確実に減ってる。生命に対しても思う。人間以外の生物には言語がない。だから人ほど多様な感情はないように思う。余計な所まで行かずに済む。それは相対的に平等になると思う。俺は皆の知らない苦しみの中で生きて、その中で幸せな事もあって、逆も然り。現実離れしてるかもしれないけど、未来も含める事にしてる。今が死ぬほど詰まらん日々だとしたら未来でその分返ってきてほしい。平等にできるかできないかだと思う。そして何に幸せを感じるかにもよる。

便利でいうところ、今は得した気分になっているし、便利になったから使わなくなった知恵について今のところ何の不自由もないし、結局プラスに思えてくる。でもきっとあれだろうな。10年後とかに束になってかかってくるんだろうな。借金は返済しなければ利息がついて大変な目に合うのと同じように。

この考え方を押し付ける気は一切ない。ただ俺がそう思うだけ。というかそうであってほしいと願いたいだけ。幸福の絶対値はあると思う。どこに幸せがあるかは人によって違うけど。そのそれぞれを受け入れられるのは自分しかいない。皆と同じだと決め込んで安心したいとかじゃないんです。自分が特別だと思えないだけ。ゼロには何を掛けてもゼロになる。

増えたら減るというのは結局増えても減ってもいないのと同じだと思う。宇宙ができる前があったかどうかはわからないけど、もし無かったとしたら確実にこの世界は無に帰る。今は計算の途中で存在しているだけ。ゼロに何かを掛けているだけ。だから結局ゼロになる。掛ける物はどこから来たのかというツッコミはとりあえず置いといて。

答えを出す気はない。なんとなく考えてみただけです。何個も矛盾があるかも。あったらごめん。ひたすら考えながら書いていたから。


なんというか、結局地球の上で増えたり減ったりを繰り返して、質量は結局変わらなくて、突き詰めて広い目で見ればもう何のために存在しているかわからない。身近な物、限られた一生の中でだけ自分にとって価値が生まれるだけで、何をしても実は何のためにもなってない。誰に評価されても、その評価に意味なんてあるのかな。いつかは居なくなるのに。今、生きていくためには必要不可欠なもの。仕事しないとお金もらえないし、お金ないと食べていけないし、住む場所も与えられないから。でもお金とか法律とかってのも誰かの取り決めであって、そもそもからおかしい。なんかおかしい。

もうやめよう。答えは出ない。出す気もなかった。ちょっと先の未来で、この文を読むときに何かしらひとつでも発見があればいい。

結局全部無意味だと思う。どれだけ足掻いてもいつかは居なくなる訳だから。ただ、居なくなる前の今、生きている今、自分が幸せになる為だけに意味を持たせようとしてる。できれば喜んでいたいから。今はそれでいいや。

よくわからない文章に付き合わせてしまってごめんなさい。悲観な訳ではなくかなり前向きです。かなり。面白かったし。再度言い直すとよくわからない文章に付き合ってくれてありがとう。変だなぁ。

2015.05.27

真実と。 / 松本大

やられた。

うちには犬がいます。名前は「トゥルー」という。犬種はミニチュアダックスフント。女の子。口癖は「フゴッ」。今年17歳になるか。

たしか俺が幼稚園だったか、小学校だったかの頃に「犬飼いてえ」とかせびったのだと思う。人間年齢でいくと今84歳ぐらいらしい。

幼少期はとにかく落ち着きがなかった。好奇心が旺盛すぎた。知らない場所はいつまでもウロウロ。知らない人には けたたましく吠え倒し、なんでも食べる。本当になんでも食べる。それ以外にも多々迷惑をかけられた。今も。かくかくしかじかで今は熊本にある実家から、遠路遥々上京してきた。

おばあちゃんになった今、飛び跳ねたり駆けずり回ることはなくなったものの、ウロウロしたり吠えたりというのは健在で、まさに今、近所の公園の一角でよたよたウロウロしている。今思えば落ち着きがないというより、臆病だったのかな。いや、そうだな。その方がしっくりくる。

それ以外に変わったことと言えば、白内障で目が見えていないこと、耳が一切聞こえていないことかなぁ。たぶんこの子は嗅覚だけを頼りに生きてる。嗅覚だけで俺を認識してる。


そんな彼女をなぜ公園に連れてきたかというと、今、干しています。干すという表現が1番適していると思う。

今日の仕事は確認作業がひとつだけだった。アルバムのジャケットの確認。これはかなり良い出来だと思う。7月1日をお楽しみに。

マネージャーと昼ご飯を食べて帰宅するとその惨事は広がっていた。


まず目に飛び込んできた物をすぐに理解できた。鶏肉が食い散らかされていた。

リビング一帯に広がる肉片と、おそらく油分が原因と思われる足跡。あと排泄物。パックの残骸。残されていた大根が惨劇をさらに強調して見えた。

トイレだけならよくある事だった。年を取ってから、外に出る事を極端に拒んできた彼女は、基本家の中から動かない。家が落ち着くんだと思う。なので狙いはよく外すものの、シートを用意していた。トイレ用の。というかその生活に慣れてしまった俺も、外はいいかとかどこかで思ってた。良くねぇな。逆に自分が犬だったとして、牢獄に思えてきそう。どうなんだろう。それより怖いが勝つのかな。しかしまぁ今日はまぁー酷かった。まぁ酷かった。まぁ。

とりあえず風呂に突っ込んで、部屋は雑に片した。シャワーで洗う、見境なく食べ物を詰め込んで張ったお腹が更に苛立ちを増幅させる、もう面倒くさくなっていつもならドライヤーで乾かしてやるところ、公園で干すに至っています。

そもそも鶏肉ってどうなのよ。ナマで食うってどうなのよ。ヤバいんじゃないかなぁ。けど今まで、玉ねぎ食ってもチョコ食っても平気そうだったし大丈夫かなぁ。それら全部吐いてたけど。今日もいつも通り吐いてたけど。じゃあ食うなよ。わかんねぇかそんなの。わかんねぇよなぁ。

公園まで来る途中、すれ違った人が皆心配そうな目をしていた。捨てに行く訳じゃねぇよヅラで、抱えたびしょ濡れの毛むくじゃらを公園に連れてきた。今日は晴れてるから悲惨な姿はなお際立ったと思う。


さて、未だ目の前をウロウロしているこの愛犬。たまにしか会わない時はその一瞬一瞬がとても愛おしかった。今目の前にいるのに切なくなるくらい。両親に対しても同じ感情があったと思う。しかしいざ一緒に住んでみるとこれがまた大変なのです。前述の通りです。けど今改まってみるととても切ない。こういうことを改めないと考えにすら至らない自分に歯痒くもなる。

色のない世界はどんな感じなんだろう。音のない世界はどんな感じなんだろう。お前に声が届かない俺の世界は今、お前がよくわかんねぇ中で生きてるのとは打って変わって、形が見えるぐらいに確かな感情に取り囲まれているよ。

いつか俺もお前と同じ事を体験する日が来るかもしれない。体験しないまま死ぬかもしれない。終点は同じところにある。

勝手に教わってるよ。この感情も、現実も。今までも、今もそう。そんでお前が居なくなる時にまたひとつ教わる事があると思う。居なくなるのは俺の方が先かもね。わかんないからね。

とにもかくにも今、生きていてくれてありがとう。って言っておきながらまたいつもの日々に戻ると思う。俺は面倒くさがるし、君は家から出ることも、シャワーも嫌がると思う。

忘れないように努力するよ。あの頃爪先立ちばっかりして、見栄ばっかり張ってた俺の近くで「真実」って名付けた君と出会えましたから。色んな物貰ったから返せるように努めます。ていうか割と気にかけてるけどねお前のこと。

うお、すっげぇでけぇ犬が来た。お前には見えんだろうがすげぇでけぇ。帰ろう。乾いたね。帰ろう帰ろう。

夕方だったからともいうのもあるのか、気付いたら鼻歌が緑閃光だった。自分の曲かよ。

2015.05.19

ボイド / 歌詞 / 松本大

ボイド

空の向こうには 何が広がって
どんな風に僕らが 見えているんだろう
いつからか本気で 伸ばしていた手は
どこにも届かないで 風だけを掬った

あなたが笑えば 灯りは灯って
そのぐらい簡単な僕の世界が
誰かの手のひらで踊っていたとして
その手を返すと どこへ落ちるんだろう

きっと
あなたまで 泳ぎ切るなんて
また 夢みたいな話
僕はただ 見上げていたんだ
手を伸ばしていた


僕らは上手に 飛び跳ねてみても
鳥の様に 高く飛べないと解っていた

ならば 海を泳ぐように 自由にと
頭を使っても 踏み出せはしないまま

きっと
あなたまで 泳ぎ切るなんて
ただ 夢みたいな話
僕はまたも 見上げてしまうよ
果てなどない空を

与えられた物だけでは
足りないなんて
繰り返している空に溢した
何にもなれずに


空は笑って 晴れ渡っている
とてもじゃないが 笑えないよ 本当はずっと
心はずっと 俯いていた

思い出した

あなたに照らされてしまった
ここに落ちてきてしまった
僕は

泳ぎ切れない距離でいいんだ
このまま 眺めているよ

きっと 僕が何を手にしても
それでも 見上げてしまうんだ
空の機嫌が 移り変わるように
僕の世界を 繋いでいくように

2014.07.29

メモに残っていたので、この歌詞を書き上げた日付も書いておきます。
完成したのは夏の日だった。日付の2日後くらいにレコーディングが終了したんだったかな。
届くまでに一年掛かった。やっとリリース。リリース感はまだないけど。笑
たくさん聴かれるといいな。よろしくお願いします。